ドイツ・ハイデルベルグへ

パリからドイツ・ハイデルベルグへ出発。
駅へ向かう途中、観光客に対してアンケートをお願いしますと近寄り、スリを行おうとしている男女グループを見かけた。パリに興味を持って遠い国からわざわざ来てくれたお客さんに対してこういう事をする姑息な悪党ども。 また、それをほとんど野放し状態のフランスの警察と政治家。
黙っていても左うちわで観光客はやって来るので、その上に胡坐をかいているとしか思えん。

そんなパリを後にし、電車を乗り継ぎハイデルブルグへ。
車窓から景色を見ながら数時間物思いにふけっているうち駅に到着。
有り難くもマニさんと奥さんの悦子さんが迎えに来てくれた。
街を案内してくれながらマニさん宅へ向かった。
日本でいうと八ヶ岳や野辺山に比較的近い風景を抜け、ほぼ山頂にあるマニさん邸へ到着。
緑に溢れ、マニさんと悦子さんが植えた沢山の美しい花にミツバチ達が飛んで来たり、
すぐそこに鹿が現れたり、馬が森の中を歩いていたり、夜になると夜空に無数の星が輝いたりと素晴らしい環境。 晩は悦子さんの手料理でもてなして頂き、パリとは雲泥の差の居心地の良さ。
時折、リビングでマニさんとセッションも。

買い物で近くのスーパーに連れて行ってもらうと、雑誌コーナーの一画にビリー・ホリデイの重量盤LPが置いてあった。 日本のスーパーやコンビニでこういうのは無いので驚いた。
車中でマニさんお気に入りのセロニアス・モンクをかけ、
60年代にドイツで観たモンクやエリントン、コルトレーンやサッチモ達の話を聞かせてくれた。

翌日は日本からの団体観光客も見かけるハイデルベルクのお城近辺を案内してもらった。Heidelberg
Heidelberg
観光客あふれる現在では考えられないが70年頃は多くのヒッピーがうようよしていたらしい。

GURU GURUの現ギタリストHans Reffertさんからテレキャスターを貸していただき、
オッフェンバッハとハイデルブルグでコンサートを行った。

KJK Sandgasse1
オッフェンバッハの会場には今まで出演したミュージシャンの写真が多く飾られており、
ダモさんもあったし、キャンド・ヒートやプリティ・シングス、
ロビン・トロワーやマニさんの友人でもあるアーサー・ブラウンなど他にも色々。

Mani and Manodg @KJK Sandgasse

Leitstelle im Dezernat 16
両コンサートとも多くのお客さんが来てくれ、我々の演奏もノリにのって盛況。
終演後は物販も沢山売れ、しばしサイン攻めに(これも日本では珍しい 笑)。

翌日はGURU GURUのコミューン跡地をマニさん本人に案内してもらった。
guru guru Heidelberg
現在はレストランになっているが下記のPVも写真右奥の部屋で撮影されたらしい。

晩はマニさん宅の近所にあるレストランへ連れて行ってもらったが、
味も良いし値段も安く、店主も気さくな方でとても気に入った。

マニさん宅に戻り団らん中にダモさんから電話が。
そこで、自分の大ミスに気づくことに。

翌日ダモさんのいるケルンへ行く予定なので、その確認で連絡かな?と電話を替わると、
駅まで迎えに行ったが居ないのでどうしたのか?との連絡。
わーっ、勘違いしていた。翌日ではなく、今日ケルンに行く予定だったのだ。完全に日にちと曜日が1日頭の中でズレていた。

あらかじめ鉄道の切符など事前予約して買っていたのでこれがパァに。
そして本来の予定では明日午前中にケルンからベルギーへ向かう予定なので、これも切符とホテル代がパァになる可能性が高い。
なにより今日来るものと準備してくれていたダモさん達に申し訳なく、
また、団らん中だったマニさんと悦子さんにもバタバタさせてしまい申し訳ない。

悦子さんが機転を利かしてくれ、元々予約していたケルン→ブリュッセル行きの便に間に合う早朝ハイデルベルグから出る便を探してくれ切符を買う事ができた。
まだ夜も明けていない早朝、悦子さんが我々におにぎりを持たせてくれ、
バス停まで送って頂き有り難い。

暗闇から現れたバスに乗り込むと運転手さんは女性で皮パン、鋲付きジャケットの黒づくめで若い頃のジョーン・ジェットみたいで、これホントに乗り合いバスかな?と少し驚いた。
こういう運転手さんも日本にはいない。

ハイデルベルグからケルン行きの電車に乗ることができ、
車窓からこの地域ならではの美しい景色を楽しんだ。
ケルンへの電車到着が遅れ、焦ったがブリュッセル行きの便に乗ることができた。

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