地味

今日9・18はジミ・ヘンドリックスの命日なので某ラジオ番組のように今日は1日ジミ三昧と勝手に銘打ち彼の音楽に触れている。自分の生まれた年に亡くなったり、自分がギターを初めて手にしたのが偶然にジミの曲名にもある1983年の9月だったりとかあって勝手に縁を感じていて1984年から9・18はジミのレコードを必ずかけている。
ジミの実の母親がインディアンだったせいか曲はインディアンみたいだし、ギターは津軽三味線のように感じることがある。彼の義理の母親は確か日本人だった。ジミの記録されている演奏の中で一番好きなのは昔に出たウッドストックのVHSの最後の方の即興演奏からのマイナーのブルースの流れで、この演奏は素晴らしい。まるでじょんがら節みたいでもありインディアン的でもある。

広告

聚楽葡萄

先だってダモさんから聞いていたが、ドイツ・ケルンでの移民による事件、あれは酷い。
昨年末頃に日本でも大阪・心斎橋でアルゼンチンのサッカーファンによる戯れが報じられゲンナリしていたが、あれよりエスカレートしたのがドイツ国内で起こり始めているのか…

日本国内に目を向けると馴染みのある京都市・東山区の軒先で幻の聚楽葡萄が見つかったというニュース。これは久々になんだかわくわくする良いニュースだった。
観光旅行で京都に来ていたワイン会社の社長がたまたま見つけたらしいが、やはりこういう人だから遊びの時間でさえ、張っていたアンテナに引っかかったのだろう。
知らずに聚楽葡萄を育てていた家の人もびっくりでしょう。

昨年、ジミ・ヘンドリックスの映画を京都で観て、この葡萄に似た節があったのを思い出した。
60年代後半、ニューヨークのクラブでまだ無名のジミ・ヘンドリックスの演奏を偶然聴いた当時ローリング・ストーンズのキース・リチャードの彼女だったリンダ・キースがその才能にいち早く気づき、ジミを知らしめる為にストーンズのマネージャーでブレインだったアンドリュー・オールダムやレコード会社のお偉いさん達を次々とライブに誘ったが、大業界人の彼らの誰一人ジミの才能に気づく事が出来なかった。
リンダは最後にアニマルズ脱退直前のチャス・チャンドラーに声をかけ、そのジミの演奏を聴いたチャスが驚愕しロンドンへ連れて行きジミが世に出た、という箇所。

音楽業界で大きな顔をしていた連中は誰もジミの資質に気づくことが出来ず、英国の由緒ある家柄出身で芸術に対して理解のあったリンダとR&Bに多大な影響を受けたブリティッシュ・ロックを代表するグループのベーシストが居なければジミ・ヘンドリックスを多くの人が知ることが無かった、というのが興味深い。

ヘンデルとヘンドリックス

話が前後してしまうがロンドンを散歩中、近くにヘンデルが住んでいた家があったので訪れた。

Händel House

このヘンデルの家は60年代後半にはジミ・ヘンドリックスも住んでいた。
そういえば中高生の頃、雑誌か何かで過去のジミのインタビューが掲載されており、何故ヘンデルの家に住んでいるのか問いに、ヘンデルのファンなんだと答えていたのを読んだような気がする。

ヘンデルハウスは当時の趣が残されており、CDプレーヤーでヘンデル作品も聴けるのでしばらく聴いていたが素晴らしい、ヘンデル。
奥の部屋に物販コーナーがあり、ヘンデルハウスなだけにほぼ全てヘンデルグッズなのだが一枚だけジミのポストカードが売っていたのでそれを買った。