他人の顔10

脱力を最初に意識したのは6歳の時、授業前の起立・礼での事だった。
前の席のH君が担任の先生から「おいH君。力んで肩が上がりすぎてる。もっとリラックスしなさい。」と言われ、それまで逆ハの字に上がっていたH君の肩がストンと落ちてハの字になった。「へーっ、H君は随分肩が下がるのだね」と先生。H君と先生のこのやり取りが自分は少し羨ましく思い、翌日の起立・礼の時に力んで思いっきり肩をあげてみた。先生の言葉を待っていたが何も言われなかった。翌々日も言われなかった。そのうち無理に力むのはやめた。

ふと気がついたことがあった。キース・リチャーズ。
子供の頃から映像や写真で見てきたキースはギターを持っていないオフでも足をブン投げて座っていたり、椅子に腰かけてももほぼ寝ている状態だったり、大事なミックスダウン時にスタジオの地べたに仰向けで寝たままサウンドチェックをしていたり、とてもワイルドに見えた。こういう所作がさすがド不良のキースだなって思っていたのだが、自分が体を壊した時にキースのあの一連の所作は自己緩和の天才的所作なのではなかろうかと気がついた。あそこまで体を緩めることができたから同期や後輩にあたる連中が多く亡くなっていったのにキースは今現在も現役でやってられるのではないかと思う。

 

 

 

 

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他人の顔9

年明けの昼、テレビで映画「ひまわり」を観たのでマルチェロ・マストロヤンニを描きたくなった。同チャンネルで夜中に「ジョン・カーペンターの要塞警察」もやったのでこれも観た。
テレビ局のミスでCMに入る時と戻る時のテロップが終始「ひまわり」になっていた。
何も知らない人が観てたら「要塞警察」のことを「ひまわり」という映画として認識する可能性もあり、もしそういう人と「ひまわり」の話になったら相当話が食い違いそうだと思った。